い 異人館で逢いましょう
時に、神戸は雨だった。
窓に当たる雨粒、それが群れを成して、ゆっくりと、又は足早に硝子の側面を滑り落ちている。
パタパタと静かな音の他、辺りは静かだった。
子供の頃の約束というものは、どれもこれも何かしら矛盾を孕んだ物で、少し時を経てみれば随分と幼稚な約束を交わしたものだと思うのはよくあることだ。
恋人との約束もそういった類のもので、例えば、ずっと一緒に居ようなんて事は、心が思っていても、いずれ頭で判ってしまう。
僕が交わしたのも、多分に漏れずそういうもので、今となっては彼女も僕も、互いを思う事無く互いの時間を過ごしている。
「10年後の今日、異人館で逢いましょう」
10年前そう言った彼女が、今は何処に居るのか判らない。
それは彼女も同じだろう、だからこそ、それを見越して場所を指定したのかもしれない。
ただ、それは彼女の趣味がさせたものだと知っておきながら、僕の希望はゆったりと回っている。
最期が訪れるのは、一向に切ない。
十分に吸い込んだ煙草の煙を肺から押し出し、もう一度窓を見やる。
少し暗くなっただろうか、館の中から見る景色は大抵薄暗いけれど、それとは違う括りの闇が、ついそこまで来ていた。
強くかかった暖房のせいで、頭がぼんやりしている。
もう一度煙草を吸えば、少しははっきりするだろう、この館を出れば、恐らくはもっと、更にはっきりと意識が戻るに違いない。
僕らは仕方なく歩みだす。
その反故にした約束が、次の一歩を動かす原因になるとも知らずに。