は パラボラアンテナ危機一髪
私の町には、大きいというには余りに大きすぎるパラボラアンテナがある。
テレビとかラジオの奴だと言われているけど、詳しいことは誰も知らない。
ただ、半日かけてようやく一回転するその大きな杯を、町の人々は別に疎ましく思うことは無く、むしろシンボリックなものとしてその異様を許容していた。
「パラボラアンテナってのはさ、何であんな形してるわけ?アンテナって言ったら普通こうじゃん」
と、私は両手で直線を宙に描く。
お前は何も知らないな、と言いたげな顔をしているのは友人Aのタカシ君だ。
「アレはな、電波を集めるためにあーいう形になってんだよ」
「は?集めるってどーやって」
「だからさ、あーやって御椀みたいになってんだろ?そこに電波がこう、ふわ〜って入ってきて、御椀の内側に反射して、丁度一点に集まるようになってんだよ」
タカシの話は判りにくいけど、何となく掴めた、つまりセーラー服の襟と同じ機能なわけだ。
「なんでそういう知識はあるわけ?」
「うるさい、ほっとけ」
大きな御椀が学校を正面に捉えつつあるのを横目で確認する、なんだか太陽の塔みたい。
毎日きっかり同じスピード、しかも12時間ぴったりかけて回転するアンテナは、近隣の学校職場では日時計代わりになっていて、そしてこの桐高を向いたときの時刻はそう、正午。
正午といえば昼、ご飯の時間だ。
基本勉強するところの学校において、唯一のオアシスたる昼休みを楽しみにしない生徒は居ない、それは勿論教師も同じ、あと5分とかになれば、建前はあれど誰もがそわそわしてくる。
そういう雰囲気は余り好きじゃない、ハッピーが充満しすぎて息苦しい。
そうこうしてるうちにチャイムが鳴った、気付けば太陽の塔がこちらを見つめている。
目が合った、からと言って何かあるわけじゃないけど。
パンを齧ると、なんだか妙な味がした。
「ねぇ、ちょっとこれ食べてみ?」
「あんだよ、何、メロンパンかこれ」
友人Aの口元に齧ったパンを押し当てる、間接キスだろうけど、これはまぁ、気にするのは逆のパターンだろう。
「まずっ」
因みに押し当てたのは、駅前のパン屋で買った「果汁メロンパン」、メロンパンにメロンという当たり前のようで当たり前な結果になった代物。
「えっ、なにこれ、まずっ」
でしょー、と微笑む私、友人Aはそれでもなんだか嬉しそうである。
「今日さ、アンテナんとこ行こうぜ」と、友人A、なんだそれは、パラボラデートか、アンテナカップルになるつもりか。
「ちげーよ、今日だろ流星群。高見が丘は混んでるだろうからさ、アンテナ登ろうぜ、一緒に」
「や、いいけどさ・・・」それはつまりパラボラデートだろうに。
私の家は、パラボラアンテナと学校を結んだ線の上にあって、昼間は高台にある学校の陰に、夕方は大きな御椀の陰になって太陽があんまり見えない。
「11時半ぐらいだったよな、10時半に迎えに行くよ」
鈍感なのか度胸があるのか、それとも私の気にしすぎか、アレか、これぐらいなら中学生でもやってる的な、アレか。
「あー・・・、判った、待ってる」
何となく、何となくだけど恥ずかしかった。
大きすぎるパラボラアンテナの陰が、下り坂ごと私を包み込んでる。
10時23分、ご飯食べた、服着てる、大丈夫、ちゃんと着てる。
と、まぁ、一通り慌てておいた、何か今慌てておいたら後で慌てなくて済むような気がする、気のせいか。
・・・考えてみたら友人Aの家はパラボラの向こうなんだから、アンテナの根元で待ち合わせすれば良かったのではないか、なんか又気使わせてるような感じがする。
後5分、テレビはドラマがたった今終わって、ニュースを流してた。
「本日未明、北**の発射したミサイルが日本海沖に着水、一部が本土に到達するという事態が・・・」
なにやら危ない事になってる様で、ちょっとこんな時に流星群ってのは、不謹慎な気がしないでもない、大体そういうのは杞憂だけど。
そうこうしているうちに、友人A来訪。
あ、やべ、化粧とかしてない。
「・・・尚、これに対し政府は非難声明を発表し、1種警戒態勢を」
出かけてみれば、杞憂は杞憂でしかなかった。
まぁ、友人Aだし、ミサイル来ないし、当たり前か。
「なー!ニュース見た!?」
「見た見た!ミサイルでしょー?」
下り坂を一気に下りていく、自然に声が大きくなってる。
コイツこれを上がってきたのか・・・従順なやつめ。
「すげーな!」
・・・何かもっとあるだろう、Aよ。
アンテナの根元にはフェンスが張り巡らされていて、明らかに入るな!と言っていた。
「・・・無理じゃないの?」
「だいじょーぶッスよ、まー見てて」
・・・コレで登ろうと言ったんだから、何かあるんだろう。
空を見る、星を見るには雲がちょっと多すぎると思う、見えないことは無いだろうけど、折角の流星群にはちょっと似合わないだろうな。
「開いたよ」
特にガタガタ音もせず、きぃ、と静かにAが言った。
階段かと思っていたのだが、梯子だった。
「うへ、結構あるねコレは」
下を見ると随分と高い、知らないうちに結構登っていた。
巨大な御椀はすぐ横にある、いつも見てたけど、こうやって登って見るとこれはちょっと有り得ない・・・。
「大丈夫?高いトコ平気だっけ」
「・・・殊勝じゃん、なんか」
「そりゃまぁ、デートですから」
「言うのかよ・・・」
踊り場、のような所に来た、ここが目的地らしい。
「西から北に振るらしいから、ここからならバッチリっすよ」
「コッチ西?あー、太陽沈むから合ってるのか」
学校からパラボラへ向かって、パラボラを越えた辺りからはあんまり家が無い。
パラボラから向こうは森になっていて、そこから先は余り知らない、そういえばAの家はどこなんだろうか、わざわざ聞くまでも無いけど。
「もー大分涼しいわ、昼地獄だった割りに」
「昼暑かったもんね、クーラー付ければいいのに」
「つーかてめぇ、メロンパンあれ」
「まぁ、ジンギスカンキャラメルのお礼っすよ」
待ってると結構晴れてきてる、この分なら申し分なく流星が見れるかもしれない。
「今何時?」
「あー、20分ぐらい、あと10分」
「そか、もうちょっとだな」
「うん」
段々語数も少なくなってくる、流星群はまだ来ない。
「俺さ」
「うん?」
「俺さ、パラボラアンテナなんだわ」
「・・・は」
「昼間説明したろ、アレなんだよ」
・・・そうか、暑さで頭が・・・
「今この国にはスパイが結構いんだよ」
「はぁ」
「そりゃもうわんさか、この国ガード甘いから、山のようにいんだわ」
「へぇ」
「でもさ、そうやってスパイばっかりいてもさ、それが取ってきた情報を伝えなきゃなんないじゃんか」
「・・・そうだね」
・・・がっかりだ、まさか流星群というシチュエーションで妄想を聞かされるとは、思いもしなかった。
別に舞い上がったわけじゃないけど、コレは応えるぞAよ。
「だからさ、俺はパラボラアンテナなんだよ、情報を集めてさ、俺が」
「・・・はぁ」
「だからさ、知ってんだ、俺」
「何をさ」
「ミサイル、落ちるぜ」
「でも心配すんなよ、結構大丈夫だから」
「・・・もー、いいよ、何それ、本気で言ってんの?」
「ミサイル来てもさ、お前良いとこ住んでるし、大丈夫だよ」
「もー、うっさいよ、何なのそれ、全然面白くないよ、ってか仮に落ちるとしてどーなんのよ、なんかあるわけ?」
何だお前、何で泣いてんだ
「大丈夫だよ、お前は、アンテナたってるし」
流星群が来た
空からミサイルが降ってるみたいで、ちょっとゾクっと来た
「なんで泣くのさ」
「泣いてねー」
「なんだそりゃ・・・」
「時間ねぇや、帰ろう、早く」
何でか、帰りは送ってくれなかった、迎えに来たくせに。
何も言わずに梯子を降りて、地面についてすぐ、「じゃあ」って言って一気に居なくなった、なんだありゃ。
翌日、私たちの町にミサイルが落ちた。
2発落ちて、2発とも爆発して、いろいろ壊れた。
私の家の近くにも、何かしら被害が出たみたいだけど、私の家は大丈夫だった、Aが言ったみたいに、私は大丈夫だった。
大通りにはけが人と、それを運ぶ車と、あと、もう居ない人と、それを運ぶ車が並んでいた。
明らかな惨状だったけど、町並みは全然大丈夫で、何だか、良く、判らなかった。
「あー!お嬢!」
呼ばれた先にはクラスメートが居た、家が近くだったから、多分彼女も大丈夫だったんだろう、被災したって感じは、しなかった。
「お嬢も大丈夫だったんだ、良かったぁ」
「あぁ、うん、高槻さんも」
「ほんと良かったねぇ、こっちには落ちないでさ」
「え?落ちたじゃん、思いっきり」
「違う違う、ほら」
彼女が指差した先には、壊れたパラボラアンテナが、こちらと向こうを遮る様に立っていた。
「1発はアンテナに当たってね、もう1発はアンテナの向こうに落ちてさ、1発目でたまたまアンテナが落ちてたから、こっちまで火が回らなかったんだって」
「・・・へぇ」
掻い摘んで言うと、アンテナが私たちを守ったってことだろう、君、昨日のAみたいなこと言うね。
昨日のA、何であんなこと言ったんだろうか、ホントに、知ってたんだろうか、アンテナだったから、判ってたんだろうか。
その後、学校が始まってから聞いた。
何か、Aはやっぱり、死んだらしい。