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ゲートが閉まり、圧搾空気の軽い音が室内に響く。

「…この度は御搭乗戴き、誠に有り難う御座います。当社バビロン・スペースラインでは皆様の安全の為に…」とアナウンスが入り、添乗員がシートベルトと付属機器のコンソールを解説して回っている。

窓の外には防空の為の哨戒機が飛んでいて、その両翼の翼端灯が夜空に踊っていた。





「…お客様、許可証をお見せ下さい」と言われ、慌てて財布からカードを取り出す。

ワインレッドのカードには3本の金色の線が入っている、上部には「IROHA KARATACHI」の文字。

添乗員はそれを受け取ると、丁寧な手つきでリーダーに通した。

「はい、確認しました。カラタチ様で宜しいでしょうか?」

適当に頷くと、添乗員は「それでは、ごゆっくり」と言い残し、次の客に同じ問答を仕掛けていく。

画面をなぞってお気に入りの音楽を流して、買っておいたコーヒーを口に含んだ。





最後の添乗員が客室を離れると、アナウンスが入り、離陸の旨を伝える。

「…本エレベーターの到着予定時刻は現地時刻で21:30です、それでは2時間のフライトをお楽しみ下さい…」

軌道エレベーターで一体何を楽しむんだよ…密閉され、娯楽はTVショーとセレクト映画、売れ筋だけを流すミュージックラジオ、これだけで2時間と考えると、少し憂鬱になる。

そうこうしていると、カウントが始まり、部屋が少し静かになった。





…7…6…5…4…3…2…1…

0と同時に座席に押さえつけられる感覚。

民間用の低加速エレベーターなので衝撃は小さいが、それでも普通の感覚では無いし、緊張してしまう。

しかしそれも一瞬で、加速に乗れば身体が自由になった。



自由になった手でコンソールに触れる。

相変わらずセレクト映画のラインナップはクソで、見る気がしなかった。



画面を消し、イヤホンを外して椅子のポケットに突っ込む。

外を見ると、地球は夜で、ビルやら家やらの光が良く見えた。

裏に太陽を隠し、うっすらと光る地平線を眺めながら、どこからが宇宙なんだろうと考えていた。





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小さい頃、宇宙と言えば憧れだった。

遠くて、手の届かない場所というイメージが強くて、生きている内に行けるなんて事は微塵にも思って無くって、行ける人は相当特別なんだろうなと思っていた。

そんな自分が、今、宇宙に居る。





「カラタチさん!カラタチさんじゃないですか!」





軌道エレベーターが建設されてからというもの、宇宙に行くのはとても簡単になった。

それまでの方法では、燃料代がかかりすぎで費用も莫大、環境にも宜しくないという調子だったのが、軌道エレベーターは燃料要らずで費用は国際便程度、太陽発電の電気を使うため非常にエコロジーといい事ずくめ、企業がビジネスと捉えるまでに、ほとんど時間はかからなかった。

その結果、企業による宇宙開発は活発化、