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彼と私と幽霊の影

携帯を開く、閉じる。

・・・来ない、これで10分。

コレが一般なら「よくあること」で済まされるだろう、だけど私が知るクラサキタカシという男子学生はどんな形の約束であろうと"守ろう"とする性質の男だ、多少遅れるなら間違いなく電話、彼の言葉を借りるなら「"最悪でも"メール」してくる、そういう男だ。

その彼が何の連絡もなく10分遅れている。

これはもう、柄にも無く心配してしまう。

これほど私に似合わないのも中々無いなぁと、軽く自嘲気味に感じつつ、矢張り待つ、そして待つ。

学校では中々のクールビューティーで通っている筈だ、ここでうろたえるのは似つかわしくなかろう・・・。

ただひたすら安心を待つ、何、携帯の電池でも切れたかしたのだろう、大丈夫、彼はそろそろやって来る筈。





そうして彼は私の目の前で死んだ、享年16歳。

トラックと、男子高校生と、即死だった。





#2

146749


ゲートが閉まり、圧搾空気の軽い音が室内に響く。

「…この度は御搭乗戴き、誠に有り難う御座います。当社バビロン・スペースラインでは皆様の安全の為に…」とアナウンスが入り、添乗員がシートベルトと付属機器のコンソールを解説して回っている。

窓の外には防空の為の哨戒機が飛んでいて、その両翼の翼端灯が夜空に踊っていた。





「…お客様、許可証をお見せ下さい」と言われ、慌てて財布からカードを取り出す。

ワインレッドのカードには3本の金色の線が入っている、上部には「IROHA KARATACHI」の文字。

添乗員はそれを受け取ると、丁寧な手つきでリーダーに通した。

「はい、確認しました。カラタチ様で宜しいでしょうか?」

適当に頷くと、添乗員は「それでは、ごゆっくり」と言い残し、次の客に同じ問答を仕掛けていく。

画面をなぞってお気に入りの音楽を流して、買っておいたコーヒーを口に含んだ。





最後の添乗員が客室を離れると、アナウンスが入り、離陸の旨を伝える。

「…本エレベーターの到着予定時刻は現地時刻で21:30です、それでは2時間のフライトをお楽しみ下さい…」

軌道エレベーターで一体何を楽しむんだよ…密閉され、娯楽はTVショーとセレクト映画、売れ筋だけを流すミュージックラジオ、これだけで2時間と考えると、少し憂鬱になる。

そうこうしていると、カウントが始まり、部屋が少し静かになった。





…7…6…5…4…3…2…1…

0と同時に座席に押さえつけられる感覚。

民間用の低加速エレベーターなので衝撃は小さいが、それでも普通の感覚では無いし、緊張してしまう。

しかしそれも一瞬で、加速に乗れば身体が自由になった。



自由になった手でコンソールに触れる。

相変わらずセレクト映画のラインナップはクソで、見る気がしなかった。



画面を消し、イヤホンを外して椅子のポケットに突っ込む。

外を見ると、地球は夜で、ビルやら家やらの光が良く見えた。

裏に太陽を隠し、うっすらと光る地平線を眺めながら、どこからが宇宙なんだろうと考えていた。





#1:146749





小さい頃、宇宙と言えば憧れだった。

遠くて、手の届かない場所というイメージが強くて、生きている内に行けるなんて事は微塵にも思って無くって、行ける人は相当特別なんだろうなと思っていた。

そんな自分が、今、宇宙に居る。





「カラタチさん!カラタチさんじゃないですか!」





軌道エレベーターが建設されてからというもの、宇宙に行くのはとても簡単になった。

それまでの方法では、燃料代がかかりすぎで費用も莫大、環境にも宜しくないという調子だったのが、軌道エレベーターは燃料要らずで費用は国際便程度、太陽発電の電気を使うため非常にエコロジーといい事ずくめ、企業がビジネスと捉えるまでに、ほとんど時間はかからなかった。

その結果、企業による宇宙開発は活発化、

は パラボラアンテナ危機一髪

私の町には、大きいというには余りに大きすぎるパラボラアンテナがある。

テレビとかラジオの奴だと言われているけど、詳しいことは誰も知らない。

ただ、半日かけてようやく一回転するその大きな杯を、町の人々は別に疎ましく思うことは無く、むしろシンボリックなものとしてその異様を許容していた。






「パラボラアンテナってのはさ、何であんな形してるわけ?アンテナって言ったら普通こうじゃん」

と、私は両手で直線を宙に描く。

お前は何も知らないな、と言いたげな顔をしているのは友人Aのタカシ君だ。

「アレはな、電波を集めるためにあーいう形になってんだよ」

「は?集めるってどーやって」

「だからさ、あーやって御椀みたいになってんだろ?そこに電波がこう、ふわ〜って入ってきて、御椀の内側に反射して、丁度一点に集まるようになってんだよ」

タカシの話は判りにくいけど、何となく掴めた、つまりセーラー服の襟と同じ機能なわけだ。

「なんでそういう知識はあるわけ?」

「うるさい、ほっとけ」






大きな御椀が学校を正面に捉えつつあるのを横目で確認する、なんだか太陽の塔みたい。

毎日きっかり同じスピード、しかも12時間ぴったりかけて回転するアンテナは、近隣の学校職場では日時計代わりになっていて、そしてこの桐高を向いたときの時刻はそう、正午。

正午といえば昼、ご飯の時間だ。

基本勉強するところの学校において、唯一のオアシスたる昼休みを楽しみにしない生徒は居ない、それは勿論教師も同じ、あと5分とかになれば、建前はあれど誰もがそわそわしてくる。

そういう雰囲気は余り好きじゃない、ハッピーが充満しすぎて息苦しい。

そうこうしてるうちにチャイムが鳴った、気付けば太陽の塔がこちらを見つめている。

目が合った、からと言って何かあるわけじゃないけど。






パンを齧ると、なんだか妙な味がした。

「ねぇ、ちょっとこれ食べてみ?」

「あんだよ、何、メロンパンかこれ」

友人Aの口元に齧ったパンを押し当てる、間接キスだろうけど、これはまぁ、気にするのは逆のパターンだろう。

「まずっ」

因みに押し当てたのは、駅前のパン屋で買った「果汁メロンパン」、メロンパンにメロンという当たり前のようで当たり前な結果になった代物。

「えっ、なにこれ、まずっ」

でしょー、と微笑む私、友人Aはそれでもなんだか嬉しそうである。






「今日さ、アンテナんとこ行こうぜ」と、友人A、なんだそれは、パラボラデートか、アンテナカップルになるつもりか。

「ちげーよ、今日だろ流星群。高見が丘は混んでるだろうからさ、アンテナ登ろうぜ、一緒に」

「や、いいけどさ・・・」それはつまりパラボラデートだろうに。

私の家は、パラボラアンテナと学校を結んだ線の上にあって、昼間は高台にある学校の陰に、夕方は大きな御椀の陰になって太陽があんまり見えない。

「11時半ぐらいだったよな、10時半に迎えに行くよ」

鈍感なのか度胸があるのか、それとも私の気にしすぎか、アレか、これぐらいなら中学生でもやってる的な、アレか。

「あー・・・、判った、待ってる」

何となく、何となくだけど恥ずかしかった。

大きすぎるパラボラアンテナの陰が、下り坂ごと私を包み込んでる。






10時23分、ご飯食べた、服着てる、大丈夫、ちゃんと着てる。

と、まぁ、一通り慌てておいた、何か今慌てておいたら後で慌てなくて済むような気がする、気のせいか。

・・・考えてみたら友人Aの家はパラボラの向こうなんだから、アンテナの根元で待ち合わせすれば良かったのではないか、なんか又気使わせてるような感じがする。

後5分、テレビはドラマがたった今終わって、ニュースを流してた。

「本日未明、北**の発射したミサイルが日本海沖に着水、一部が本土に到達するという事態が・・・」

なにやら危ない事になってる様で、ちょっとこんな時に流星群ってのは、不謹慎な気がしないでもない、大体そういうのは杞憂だけど。



そうこうしているうちに、友人A来訪。

あ、やべ、化粧とかしてない。





「・・・尚、これに対し政府は非難声明を発表し、1種警戒態勢を」





出かけてみれば、杞憂は杞憂でしかなかった。

まぁ、友人Aだし、ミサイル来ないし、当たり前か。

「なー!ニュース見た!?」

「見た見た!ミサイルでしょー?」

下り坂を一気に下りていく、自然に声が大きくなってる。

コイツこれを上がってきたのか・・・従順なやつめ。

「すげーな!」

・・・何かもっとあるだろう、Aよ。






アンテナの根元にはフェンスが張り巡らされていて、明らかに入るな!と言っていた。

「・・・無理じゃないの?」

「だいじょーぶッスよ、まー見てて」

・・・コレで登ろうと言ったんだから、何かあるんだろう。

空を見る、星を見るには雲がちょっと多すぎると思う、見えないことは無いだろうけど、折角の流星群にはちょっと似合わないだろうな。

「開いたよ」

特にガタガタ音もせず、きぃ、と静かにAが言った。






階段かと思っていたのだが、梯子だった。

「うへ、結構あるねコレは」

下を見ると随分と高い、知らないうちに結構登っていた。

巨大な御椀はすぐ横にある、いつも見てたけど、こうやって登って見るとこれはちょっと有り得ない・・・。

「大丈夫?高いトコ平気だっけ」

「・・・殊勝じゃん、なんか」

「そりゃまぁ、デートですから」

「言うのかよ・・・」






踊り場、のような所に来た、ここが目的地らしい。

「西から北に振るらしいから、ここからならバッチリっすよ」

「コッチ西?あー、太陽沈むから合ってるのか」

学校からパラボラへ向かって、パラボラを越えた辺りからはあんまり家が無い。

パラボラから向こうは森になっていて、そこから先は余り知らない、そういえばAの家はどこなんだろうか、わざわざ聞くまでも無いけど。

「もー大分涼しいわ、昼地獄だった割りに」

「昼暑かったもんね、クーラー付ければいいのに」

「つーかてめぇ、メロンパンあれ」

「まぁ、ジンギスカンキャラメルのお礼っすよ」

待ってると結構晴れてきてる、この分なら申し分なく流星が見れるかもしれない。

「今何時?」

「あー、20分ぐらい、あと10分」

「そか、もうちょっとだな」

「うん」

段々語数も少なくなってくる、流星群はまだ来ない。






「俺さ」






「うん?」

「俺さ、パラボラアンテナなんだわ」

「・・・は」

「昼間説明したろ、アレなんだよ」

・・・そうか、暑さで頭が・・・

「今この国にはスパイが結構いんだよ」

「はぁ」

「そりゃもうわんさか、この国ガード甘いから、山のようにいんだわ」

「へぇ」

「でもさ、そうやってスパイばっかりいてもさ、それが取ってきた情報を伝えなきゃなんないじゃんか」

「・・・そうだね」

・・・がっかりだ、まさか流星群というシチュエーションで妄想を聞かされるとは、思いもしなかった。

別に舞い上がったわけじゃないけど、コレは応えるぞAよ。

「だからさ、俺はパラボラアンテナなんだよ、情報を集めてさ、俺が」

「・・・はぁ」

「だからさ、知ってんだ、俺」

「何をさ」






「ミサイル、落ちるぜ」






「でも心配すんなよ、結構大丈夫だから」

「・・・もー、いいよ、何それ、本気で言ってんの?」

「ミサイル来てもさ、お前良いとこ住んでるし、大丈夫だよ」

「もー、うっさいよ、何なのそれ、全然面白くないよ、ってか仮に落ちるとしてどーなんのよ、なんかあるわけ?」



何だお前、何で泣いてんだ



「大丈夫だよ、お前は、アンテナたってるし」






流星群が来た

空からミサイルが降ってるみたいで、ちょっとゾクっと来た






「なんで泣くのさ」

「泣いてねー」

「なんだそりゃ・・・」



「時間ねぇや、帰ろう、早く」






何でか、帰りは送ってくれなかった、迎えに来たくせに。

何も言わずに梯子を降りて、地面についてすぐ、「じゃあ」って言って一気に居なくなった、なんだありゃ。









翌日、私たちの町にミサイルが落ちた。

2発落ちて、2発とも爆発して、いろいろ壊れた。

私の家の近くにも、何かしら被害が出たみたいだけど、私の家は大丈夫だった、Aが言ったみたいに、私は大丈夫だった。



大通りにはけが人と、それを運ぶ車と、あと、もう居ない人と、それを運ぶ車が並んでいた。

明らかな惨状だったけど、町並みは全然大丈夫で、何だか、良く、判らなかった。






「あー!お嬢!」

呼ばれた先にはクラスメートが居た、家が近くだったから、多分彼女も大丈夫だったんだろう、被災したって感じは、しなかった。

「お嬢も大丈夫だったんだ、良かったぁ」

「あぁ、うん、高槻さんも」

「ほんと良かったねぇ、こっちには落ちないでさ」



「え?落ちたじゃん、思いっきり」

「違う違う、ほら」






彼女が指差した先には、壊れたパラボラアンテナが、こちらと向こうを遮る様に立っていた。






「1発はアンテナに当たってね、もう1発はアンテナの向こうに落ちてさ、1発目でたまたまアンテナが落ちてたから、こっちまで火が回らなかったんだって」

「・・・へぇ」

掻い摘んで言うと、アンテナが私たちを守ったってことだろう、君、昨日のAみたいなこと言うね。

昨日のA、何であんなこと言ったんだろうか、ホントに、知ってたんだろうか、アンテナだったから、判ってたんだろうか。






その後、学校が始まってから聞いた。

何か、Aはやっぱり、死んだらしい。

ろ ろくな男じゃありません

子供の頃窓辺に出て星を眺めていれば、母親が心配そうな顔をして一緒に寝てくれた。

母親が傍に居れば、温もりに包まれて居るうちに嫌な事は全部忘れて、目が覚めるまでは夢を見れた。

そういうことがあるうちに、少しずつ歳を取るうちに、自分の中で「星を見る」という行為自体が「嫌な事を忘れる」ということに直結していった。





朝のうちに、彼女と別れた。

3年だか4年だか一緒に居た筈だが、別れの際はやたらとあっさりしたもので、交際を契約とするなら、それに対する契約破棄のような体裁だった。

簡単だった、午前9時ごろにファミレスに呼び出され、それで別れを切り出され、おしまい。

今思えばファミレスってのも無いだろうと思ったが、それまで。

とりあえず反吐が出た、別れ話さえ風景にする雑踏に、である。





ただ、最後に一つ言い訳を聞いた。

彼女の思うには、俺に父性を求めたのかも知れないと言う。

成る程、そうか、それは無理な相談だ。

何しろ俺は誰かに母性を求めて仕方が無いのだから、とにかく一人で寝る夜を無くしたいだけだったのだから、無理な相談だ。

とりあえず反吐が出た、思うようにならなかった彼女に、である。





彼女を失って、もう一度夢の無い夜を迎えること自体は、実際怖くなかった。

無論、悲しみはあるにせよ、それは月並みな物であって、心底惚れた女性である場合にはもっとマシな物があるだろうと勝手に思っている。

勝手に思っているだけで確信は無い、それは本気で願った恋が成就しなかったからだ。

結局思い出を求めてすれ違うだけで、二人に残るものは何も無かった、そこには記憶も絡めて全て置いて来た筈だった。

思い出してまた反吐が出る、何もかも昔に置いて来て、それを言い訳の材料に出来る自分に、である。





かの約束の眠る日と同じ、雨の降る夕方。

することも無く、ただ空を眺めてタバコをふかしている。

雨が上がって、空が晴れれば、星が出るだろう。

星さえ見えれば、多分俺は、何もかも忘れられる、思い出すのが嫌な事全部。





星が出ている。

気付かないうちに晴れていたようだ、濡れた縁側には、切れ切れになった月が乱反射していた。

これで忘れられるだろう。

とりあえず一先ずは、嫌な物は全部。

そしてそれを悲観して、忘れたことを覚えていることでなんだか自分を鼓舞しているような気になって、スポットライトに当たりたいのを必死で隠してアウトローを気取っている自分も。

そういうことを全部わかった上で、いやらしく笑みを浮かべる影の本体も、忘れられる。

ひとしきり心に浮かべてから、俺は星を見る。

つまりは、そういうことだ。

創り手さんにいろはのお題

い 異人館で逢いましょう



ろ ろくな男じゃありません



は パラボラアンテナ危機一髪



「創り手さんにいろはのお題」から頂きました。
お題消化中です。





なんかページ消えてたのでお題書き出しておく
い 異人館で逢いましょう
ろ ろくな男じゃありません
は パラボラアンテナ危機一髪
に 二枚目と三枚目
ほ ほう、それが正体か
へ 変人は誰だ
と 取り返しのつかない失態
ち ちらちらと瞬くひかり
り 理由はたったひとつだけ
ぬ ぬしは逃げた
る ルパートさん出番です
を ヲトメゴコロ
わ 罠の数は35
か 枯れない花
よ 夜を盗みにくる男
た ただの婆さん
れ レタスとキャベツとマヨネーズ
そ その他の人々
つ 吊り橋のまんなかで
ね 値切るつもりじゃなかったのに
な 涙を舐める
ら ラストバトル2060
む 無の境地はどこにある
う うるさい人形
ゐ イミテーションはどっち
の のめりこみ症候群
お 面白いわけがない
く 車が一台足りません
や 山の中に男がひとり
ま 真似ばかりしないでくれる?
け 消し炭で作られた塔
ふ 踏まれた猫の物語
こ こわいかもしれない
え えげつないよ
て テキーラは夜に呑め
あ 明日になれば、すべて
さ 冷めないうちに召し上がれ
き 君は頭が悪いのか?
ゆ 許された罪のかたち
め 面倒だよね
み 見たね?
し 指名手配の裏側に
ゑ エスケープの合図を送れ
ひ 暇を下さい三分ばかり
も もしもの話
せ 台詞忘れた!
す すみませんでした

い 異人館で逢いましょう

時に、神戸は雨だった。

窓に当たる雨粒、それが群れを成して、ゆっくりと、又は足早に硝子の側面を滑り落ちている。

パタパタと静かな音の他、辺りは静かだった。



子供の頃の約束というものは、どれもこれも何かしら矛盾を孕んだ物で、少し時を経てみれば随分と幼稚な約束を交わしたものだと思うのはよくあることだ。

恋人との約束もそういった類のもので、例えば、ずっと一緒に居ようなんて事は、心が思っていても、いずれ頭で判ってしまう。

僕が交わしたのも、多分に漏れずそういうもので、今となっては彼女も僕も、互いを思う事無く互いの時間を過ごしている。





「10年後の今日、異人館で逢いましょう」

10年前そう言った彼女が、今は何処に居るのか判らない。

それは彼女も同じだろう、だからこそ、それを見越して場所を指定したのかもしれない。

ただ、それは彼女の趣味がさせたものだと知っておきながら、僕の希望はゆったりと回っている。





最期が訪れるのは、一向に切ない。

十分に吸い込んだ煙草の煙を肺から押し出し、もう一度窓を見やる。

少し暗くなっただろうか、館の中から見る景色は大抵薄暗いけれど、それとは違う括りの闇が、ついそこまで来ていた。



強くかかった暖房のせいで、頭がぼんやりしている。

もう一度煙草を吸えば、少しははっきりするだろう、この館を出れば、恐らくはもっと、更にはっきりと意識が戻るに違いない。





僕らは仕方なく歩みだす。

その反故にした約束が、次の一歩を動かす原因になるとも知らずに。