ワールドアパート
上の部屋から声が聞こえる。
よく判らんが、喧嘩でもしているのだろう、異国情緒溢れる怒声が、一つ下の部屋の電灯を揺らしていた。
唐突に音が止めば、又唐突に始まる。
外国語は全く管轄外なので、発音さえ掴めないのだが、「サノバビッチ」とか「マリーシア」とか聞こえるような聞こえないような。
多分、悪知恵の良く働く、ストイコビッチと同郷の人たちが喧嘩しているに違いない。
先日からこのアパートに住まいを取っている、住人の素性はさっぱり分からない。
なんだかとてもアフリカの様な人も居るし、凄くヨーロピアンな感じの人も居るし、ともすれば地球人だか判別不可能なのも居る。
衣装、肌の色、言語、宗教、音楽、どれをとっても統一されていない、それどころか何一つ共通点を持った奴が居ない。
しかも、日本に居るのだからと思っても、誰一人日本語を喋る人間が居ない。
自分のほかに日本語を喋るのは大家だけだ。
ピタリと上階の喧騒が、鳴り止んだ。
と、思えばドタンバタンと、まるで引越しのような騒ぎ。
何をしているのかと思えば、何のことは無い、一般的に言う「夜の営み」をしているだけだった。
もっとも、今は日も高き昼過ぎだが。
辛抱たまらんのでタバコを買いに行った。
昨日降った雨は、路上に陽炎を作っていて、むせ返る程に土の匂いがした。
少々時間を潰して帰ってくると、"一発やって"すっきりしたのか、喧騒は酷くなっていた。
今度は「サイモン&ガーファンクル」とか聞こえる、きっと音楽好きなのだろう。
大家に聞くと、あれは喧嘩ではなく、"夕食の献立"を"冷静に話し合いで"決めていたらしい。
「世界は広いなぁ」と漏らすと、大家は同意するともなくニヤニヤ笑った。