庭
その家には小さな庭があった。
芝生が生えて、少しの植木鉢と、それに伴って株の小さなシクラメンだけがあった。
随分と小さな庭だったが、家主はそれで満足していた。
家主は庭には満足していたが、庭の環境には何かが足りないと、常々考えていた。
何か植えればいいのかと、仕事帰りに苗木を買っていった。
別段素晴らしいことは無かったが、男はそれを見て上機嫌に家路を急いだ。
或る日、男は苗木を植えに庭に出た。
すると、どうだろうか、小さな猫が居た。
随分と小さな猫だったが、親が見当たらなかった、しばらく目を合わせていると、小さくみゃあと鳴いた。
どうすることも無いので、男はそれを預かった。
苗木も植えたが、猫のことで頭が一杯だった。
少し経って、猫は少し大きくなり、植えた苗木も丈が伸びた。
男はまめな性格だったので、猫の世話も、苗木の手入れも怠らなかった。
まめな性格が幸いして、猫も、苗木も大きくなった。
それから随分経った。
男はまだ若かったが、猫は老いた。
苗木は随分大きくなって、男を見下ろしていた。
気のせいか、庭は小さく見えた。
少し経って、老いた猫は死んだ。
少ししか経っていなかったが、老いた猫には十分だった。
男は随分悲しんで、猫を小さな庭に埋めた。
男の満足した庭は、気のせいか、狭くなっていた。
猫を埋めた翌日に、庭に出ると、男は何か足りない感じがした。
少し考えたが、男が心当たりがあるのは猫のことだけだったので、広くなった庭には気付かなかった。
シクラメンは枯れていたが、男は何かを植える気にはならなかった。
それだけである。