リンネ (mixi掲載作)

その日、芦野は快晴だった。

高山は隣でギターを弾いている、つい先程までちまちまと「ワインレッドの心」をやっていたのだが飽きたらしい、今は「REAL MAN'S BACK」のイントロを繰り返している。

俺たちは川べりのコンクリートに腰掛けて、何をするでもなくぼんやりとしていた。

川が流れている、その上を、雲が流れている。





一羽、鳥が飛んでいた。

知っている鳥だ、ニシコクマルガラスローレンツで読んだことがある。

その鳥はゆっくりと、僕の隣に腰を下ろした。





「いい朝だ、日差しが強いような気もするがね」

その嘴を開く事無く、その鳥は僕に話しかけた。

「僕は体が弱いからね、少しでも日が強いとあれだ、眩暈がする」

鳥は矢張り嘴を開かずに喋る、あまつさえ羽の掃除すら始めた。

「君達はどうしたね、こうも早くから散歩かね?」

羽の掃除を止める事無く、饒舌に喋る。

別に散歩というでも無かった、朝まで飲み明かして、寝る気もしなかった、そして、気付いたら此処に居た。

片手には烏龍茶。

「そうか、結果に対する理由が無いんだね、そうかそうか」

嫌に理知的な、というか理論染みた鳥だ。

まるで何処からか持って来たような台詞、聴き覚えがある。

「いや、それでいいんだ。そもそも理由付けて行動する、そして見返りに価値を求める、この時点で卑怯なのさ。いや、不快と言うべきかな?それも僕だけがね」

「しかし此処は空気が悪い、肺に悪いね」

サナトリウムから抜け出した身には、少々辛い」



「君は今、羨ましいと思ったかい?」

「それは間違いだ、いや、勘違いという方が多少は正しくなる」

「君はちょっと、自分の使い方に慣れていないだけだよ。ほらその手、軽く握って御覧」

「ほらやっぱり、君は手を握るわけだ、随分と可笑しいと思わないか。君は、手を握るわけだ」

鳥が嘲笑う、羽を繕う仕草は止まない。

「いつまでもそうしていると良い、何、じきに判るだろう。対した事ではないのだ、リノリウムの床から抜け出す位は難でも無い筈さ、そこが学舎だろうが病室だろうがね」

そして鳥は前を向いた、羽はもういいらしい。

彼は両腕を伸ばす、そしてゆっくりと、大気を含ませて羽ばたく。

「人間は動物だよ、慣習は習性、感情すら本能の数式に当てはまるとしたら、どうだね?」

「心配することは無い、ソロモンの指輪は最初から君の指にある」

鳥は飛び立った。





「此処が海だったら、村上春樹だな」

高山の声が急にして、僕は振り返った。

しかし高山の口は閉ざされている、ギターはすっかり飽きられて放り出されていた。



「なぁ、高山」

「俺が此処から、鳥になって飛び立ったらどう思う?」



「そいつはいい、今度それで曲を書くよ」