イン・ザ・バスルーム #1

炎天下の中、自転車を漕ぐ。

汗が頬を伝っていくのが判る、長引いた梅雨を踏まえてか、夏の面目躍如といったところだ。

なんだってこんなことをしているのかと、自分の詰めの甘さを呪う。




僕は今、先日まで自宅だったアパートに向かっている。

つい最近、訳あって駅に近い物件に引っ越したのだが、馬鹿馬鹿しいことに引き払った部屋に壁に掛けるタイプの時計を忘れてきてしまったのだ。

こちらから届ける義理は無い、しかし勝手に捨てるには気が引ける、そういうわけで大家さんから電話が掛かってきて、折角引越しして縮めた距離を今度は逆走している。




アパートに着くと、元自宅だった部屋にはまだ誰も入ってないようで、暑さにやられてでろんでろんに(様々な意味で)緩みきった大家のおっさんから鍵を渡され、自分で時計を取ってくるように言われた。

取っておいてくれても良い様なものだが、此処まで来て何を言い返すでもないので、素直に従い、部屋までの外付けの階段を上る。




部屋に入ると、僕が引き払った瞬間そのままの状態で時が止まっているようだった。

少し懐かしさを感じていると、バスルームが目に入った。




凄く綺麗好き、と言うわけではないのだが、ことに風呂場に対しては汚れているのが嫌で、僕が入居していた時分は、風呂が汚いということはありえなかった。




勿論、今もバスルームは非常に綺麗だ、それこそ、そこに死体があったとは思えないほどに。




夏の初めに僕が巻き込まれた事件、

それは計画としては余りに疎かで、

殺人と呼ぶには、余りに鮮やか過ぎた。